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ルジュルナル de しげる
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ある日の上田茂とその意見
 
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ジムで一番のマシーンは?(TIME3月18日号より)/オマケ

2019/03/20 00:01
ほとんどのエクササイズマシーンは、特定の筋肉を鍛えるように設計されているので、それぞれがそれぞれなりに効果的だ。が、もし、最少の時間での全身鍛錬を望むなら、ロウイングマシーン、エアロバイク、ステアクライマーが良い選択となる。
ロウイングマシーンでは、漕ぎ始める動きで腰と足を使い、姿勢を保つために体幹を活性化し、それから、腕、肩、背中が関与する。これらの動きは、多様な筋肉を鍛える有酸素運動効果が高い。
エアロバイクも、下半身トレイニング(どんな形のサイクリングとも同じ)と有酸素運動両者の素晴らしい結合。ペダルを漕ぐことによって膝と腰の筋肉が働き、直立したハンドルを押したり引いたりすれば上半身も関わらせられる。
もう一つの多用途マシーン、ステアクライマーもまた、身体機能、すなわち、毎日頻繁に使う筋肉と動きとを強める。特に、年齢が高くなり、体の釣り合いや安定性が気になってきたら、機能運動(ファンクショナルエクササイズ)は、肉体能力維持のためにきわめて適切な方法だ。

笑いの感覚もそれぞれ→ https://youtu.be/RVTu0SFdDY4
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天皇百二十五代と日本の歴史

2019/03/19 00:01
と題する、山本博文・東京大学史料編纂所教授の文(「學士會会報 No.935」所収)に書かれている事からすご〜く大雑把に抜き出すと:
・初代神武天皇から十五代応神天皇までの存在は疑わしい
・十六代仁徳天皇以降の王朝は二十五代武烈天皇で絶え、二十九代欽明天皇が現在の天皇家の祖である
・「天皇」の称号や「日本」の国号が定められたのは三十八代天智・四十代天武両天皇の頃
・天皇の後継者争いが沈静化するのは、平安中期・藤原氏の摂関政治より
・鎌倉幕府は、統治するものの、朝廷の一機構で、あくまで天皇の国家であった
・戦国時代となり、室町幕府が朝廷を保護することが困難に
・衰微した朝廷を再建したのは織豊政権だが、天皇は古くからの王朝の後継者としてのみ尊重され、京都御所に閉じ込められた
・江戸幕府は、天皇に知行を与える実質的な上位権力となった
・秩序維持の観点から、過去の時代の統治者に過ぎなかった天皇が本来の統治者だという考えが、幕府の支配的な階層に復活してきた
・明治新政府は、薩長の下級武士たちによって作られたので、天皇を権威として祭り上げる必要があったが、生身の天皇の意思や主体性は何一つ認められなかった
・日本人は、古くからの天皇が存在していることにより、日本という国家が古代から続いていると理解し、その永続性を無意識のうちに信じる・・・これが天皇という存在の果たした役割
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大名将棋

2019/03/18 00:01
(少なくとも東京では)あまり聞く機会の多くない噺を、小春團治がNHK”日本の話芸”で。鉄扇でたたかれた場合と異なり、頭の’中’が痛い、と下げた。たとえば「目黒の秋刀魚」に比べ、殿様のわがままに可愛げの不足するのが、さほど取り上げられぬ理由か。
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第187回 朝日名人会

2019/03/17 00:01
鯉八「おちよさん」:当会初登場。好みは分かれるかも。
一之輔「鮑熨斗」:他の演者なら通り過ぎてしまうスキを埋めている。
白酒「幾代餅」:声色をいろいろに変えた。この人の強み。
(仲入り)
文治「やかんなめ」:越中褌と六尺褌との別をマクラに仕込んだ。
馬生「百川」:小三治師に習ったそうだ。
於・有楽町朝日ホール。
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特殊教育再考(TIME3月11日号より)/オマケ

2019/03/16 00:01
何十年もの間、科学者・教育者は、青年期までに脳は固まってしまうと信じてきた。しかし、今では、スタンフォード大のジョー・ボーラ、タニヤ・ラマールが書くところによると、異なる考えが有力になっている。「学習障害と診断された学生でも、注意深く教えれば、必要な脳内回路を開発し得る。」
(奇しくも、15日・朝日夕刊にて、イーストウッドが近作「運び屋」のテーマを”物事を学ぶのに、老い過ぎることはない、ということなんだ”と。)

関係無い、ドミンゴ指揮のリハーサル風景→ https://youtu.be/Y7bJD3rUOJQ
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第144回 月例三三独演

2019/03/15 00:01
「動物園」(月給百万円は高過ぎよう)の後、「廿四孝」(人物像が一貫させられていた)と「花見小僧」(花待つ季節に)とを仲入りをはさんで。いずれも相当の長さをもつ噺。客に、うまいとの印象を与え、満足させた。
於・イイノホール。
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初期伊万里/小満んの会

2019/03/14 00:01
戸栗美術館での「初期伊万里―大陸への憧憬―展」。中国磁器へのあこがれは、それを真似る、という形をとった。学芸員による展示解説にも参加。一人で見ているだけではわからぬ事をいろいろ学べ、良かった。
24日まで。 http://www.toguri-museum.or.jp/tenrankai/index.php

お江戸日本橋亭での”第294回 柳家小満んの会”。
「饅頭怖い」:ただ怖がるのでなく、体調が悪くなるように作られていた。
「帯久」:たどたどしく、50年かかることを明確に強調しなかった。
「鰍沢」:鉄砲で撃とうとするのは、’仇だから’だけではやや苦しい。
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手恬Y二/佐藤玄々/三遊亭兼好

2019/03/13 00:01
日本橋島屋での「手恬Y二展 光を聴き、風を視る」(18日まで)。見る目が無く’きれい’としか言えぬような私にも、そこで過ごす時間を心地好く思わせ、一通りでなくぐるぐる回らせた。
https://www.takashimaya.co.jp/store/special/event/tezukayuji.html

日本橋三越本店での「生誕130年 佐藤玄々(朝山)展」最終日。「天女(まごころ)像」をあらゆる角度から眺めた。完成披露時映像には吉田茂の姿も。
https://www.mitsukoshi.mistore.jp/nihombashi/event_calendar/satogengen.html

日本橋社会教育会館での「人形町噺し問屋 その86"三遊亭兼好独演会<昼席>”」。
「湯屋番」:湯屋のおかみを出すなどして話をふくらませた。
「五人廻し」:五人を明確に変えた。さらに切れ味鋭くなっていきそう。
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岬の兄妹/天国でまた会おう/カルメン

2019/03/12 00:01
R15+だったけど私は大丈夫、飾り気無しで生々しく、他人様にわざわざおすすめはせぬが、最近の日本の映画(等)に多い、小物が好むようなクサさとは無縁であるのは良かった「岬の兄妹」。
https://youtu.be/3oV6yUjwFZc

「天国でまた会おう」は第一次大戦末期・直後を扱うフランス映画で、その話の本筋ではなかろうが、子には思い寄らなくとも、親の方では子のことを誇りに感じている、との箇所が、沁みた。
ヘンに第九の流されてるのが嫌な予告編ですが→ https://youtu.be/2RSaka8dja0

METライブビューイングの一「カルメン」。女工たちが床下から出て、タバコ工場が地下にあるかのよう。ホセ役とミカエラ役は、実生活では夫婦とのこと。3幕、山賊がいやに大集団だったり、後半(ホセのカルメン・ミカエラへの気持ち)がすっきりしていなかったり。最後、カルメンが刺された後、盆が回って、観客たちの前のエスカミーリャと倒された牛とを見せる趣向。
https://youtu.be/CNkzMEQmeDY
https://youtu.be/huCcOCQM_OA
https://youtu.be/ndcerz9V7gw
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「フランダースの犬」受容にみる国柄

2019/03/11 00:01
と題し、井上章一氏が9日付日経”半歩遅れの読書術”に「誰がネロとパトラッシュを殺すのか」を扱い(本ブログでも’16年2月28日に取り上げた)、書いているところによると、「フランダースの犬」を肯定的に美しい悲話と受け止めているのは日本だけで、たとえばブラジルの大学での授業では、むごい、児童虐待だと大勢の学生たちから糾弾された、とのこと。私の思うに、日本人には、悲しく涙を流す自分を心優しき存在と愛おしむ傾向があり、これは、たとえば、被災者でない人の震災への向き合い方にも見られ、善意は結構なんだろうけど、自己客観視の余力も残しておかねば困った場面も生じてしまうのでは、と心配するものであります。
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島鵆月白浪(しまちどりつきのしらなみ)

2019/03/10 00:01
国立劇場伝統芸能情報館での”第461回 公演記録鑑賞会”で昭和58年3月上演の歌舞伎を。初めに神山彰・明治大学教授の話があって、役名の明石・松島は、それぞれ、薩長明治政府に従順・反抗的な藩の地名から、と知った。今は、客も役者も’退屈’をこわがり過ぎ、とも。上映は、懐かしい(若々しい)顔ぶれが揃い愉しめたが、せっかくの通しだから、序幕も見せてほしかった。結末は、やや理に落ちた感。
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昼顔・死刑台のエレベーター/にほんばし寄席

2019/03/09 00:01
YEBISU GARDEN CINEMAでの”フランスの名優×巨匠監督特集”から「昼顔」(4Kレストア版 https://youtu.be/gC1lO7lqMuw)と「死刑台のエレベーター」(デジタル・リマスター版 https://youtu.be/lkjAkxiH5-s)。それぞれに、洒落たところがある。

数多の落語会を開催するオフィス10による、日本橋社会教育会館での”第一回 にほんばし寄席”。
朝七「真田小僧」:前座にしては図抜けた語り口。
小痴楽「湯屋番」:発声に無教養さの表われるのは好ましくない。
鯉昇「武助馬」:フランス映画の対極にあるようなバカバカしさが気にならなくなる話芸。
(仲入り)
文菊「うどん屋」:途中で携帯が鳴り、気の毒。
雲助「幾代餅」:人形町や三月の出てくる噺。
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奇想の系譜展/グリーンブック/新・ブラック可龍

2019/03/08 00:01
東京都美術館での「奇想の系譜展 江戸絵画ミラクルワールド」。
@「奇想の系譜 又兵衛―国芳」(辻惟雄、ちくま学芸文庫)
A「血と笑いとエロスの絵師 岩佐又兵衛」(辻惟雄・山下裕二、新潮社とんぼの本)
B「芸術新潮2月号・奇想の日本美術史」
で予習して行った。(もちろん、予習などせずに訪れて、全然構わないのです。)
本展は@に基づき、そこで述べられているが、<奇想>とは、エキセントリックの度合いの多少にかかわらぬ、自由で斬新な発想のすべて。いずれの画家も、’想’だけが先走っているのでなく、しっかりした技術を身に着けている。顔が気味悪かったりするのも、企んでのことだ。Bで辻氏が、若冲の時代に(カードゲイムの)トランプがすでに日本に来ていた、と非常に興味深い指摘をされており、そこで”ハートもどき”と呼ばれている形の出ている「旭日鳳凰図」も見られる。すでにA(色図版充実!)で見ていた箇所の又兵衛「山中常盤物語絵巻」の実物も。見ものの作品が次から次へと並んだ。
4月7日まで(3月12日以降に一部入れ替え)。 https://kisou2019.jp/works.html

「グリーンブック」は、いかにもアメリカ人の好みそうな仕上げ方の映画であった。悪くはないけど、そのありきたりを難ずる人がいるのも宜なるかな。
https://youtu.be/eJ-4zk7WRu8

道楽亭での”新・ブラック可龍 通算第39回”。
「転宅」:たらいで在不在を示すやり方だが、オチに洗濯(=転宅)は使わず、騙られた、と。
(仲入り)
「猫と金魚」:’急所猫が噛む’と落とした。
「城木屋」:聴ける機会のさほど多くない噺。
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寒花

2019/03/07 00:01
紀伊國屋サザンシアターでの文学座公演。伊藤博文暗殺犯・安重根の収監された旅順の監獄を舞台とする。’寒花’とは、雪のこと。見入ったが、アトリエでの初演に比べると、広くなった分、粘り気が薄まったのは致し方無い。通訳の(ボケた)母親や、磔にされるキリストを重ねるけれども、うまく話にからめられず、後半、無理を生ずる。このところ悪化している日韓関係、そもそも、併合自体については当時の国際法上手順が踏まれていたのは事実で、韓国側が、感情的に受け入れづらい(自分たちにスキがあったとは認めたくない)からといってそれを不法と言い立てるのは通用しない。日本側は、気持ちはわかる、で事を運んでしまわぬように、と私は考える。
12日まで。
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正蔵/遊雀

2019/03/06 00:01
国立劇場伝統芸能情報館での”あぜくらの集い 林家正蔵を迎えて”。興味深いお話をいろいろうかがえた。故・三津五郎「高座の出はけの姿も美しく惹き付けるように」、小朝「良かった、じゃなく、凄い、と言われるようにならねば」、父・師匠の故・先代三平「(言い遺しておく大事な事は)明るく、元気で、一生懸命に」。

梅の咲き誇る湯島天神(8日まで’梅まつり’)での”ぎやまん寄席 第180回 『三遊亭遊雀ひとり会』”。「花見の仇討ち」の後「淀五郎」。團蔵・仲蔵それぞれの淀五郎への対し方が、(他の演者の口演に比して)人間像の非常にくっきり表われるものに造れていた。すごい。帰り、機嫌良く鳥恵本店に寄る。
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三月大歌舞伎

2019/03/05 00:01
<昼の部>
「女鳴神」:前半の鳴神尼(孝太郎)が色香不足。絶間之助との二役になる玄蕃(鴈治郎)が力感不足。
「傀儡師」:ぶら下げている箱から推して、人形はかなり小さいものだったのだろう。
「傾城反魂香」:”吃又”の前の場から。大きな虎が見られた。後の場では異なる顔の虎になっていた。狩野・土佐両派の関係がはっきりせず。又平(白鸚)が吃音者に見えにくく、同情が生じない。女房(猿之助)のかかとの白粉が着物に付くのが目立ってしまった。
<夜の部>
「盛綱陣屋」:長く感じられた。これを観て帰ってしまった外人客も。演目による外人への向き・不向きの別は存し、歌舞伎好きにさせられずに逃がしてしまうのは惜しい。
「雷船頭」:鷹之資の実力が発揮しきれぬ踊りであった。
「弁天娘女男白浪」:見せられた場だけでは強請をやめさせる日本駄右衛門の動機が分からぬ、と気付く客もいるであろう。
27日まで、歌舞伎座。
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お若伊之助

2019/03/04 00:01
鈴本演芸場三月上席夜の部、トリは”雲助江戸噺”と題し、日替わりのネタ出しで。きょうは「お若伊之助」。噺を聴く愉しみというものを素直に味わえた。落語は、短いものであっても、つまらぬギャグを工夫と勘違いするのでなく、いつもこうでありたい。
他に、龍玉「強情灸」(”写真撮っときゃ良かった”は、シャレのつもりかも知れぬが、そぐわない)、文菊「欠伸指南」、馬石「粗忽の釘」(女房が、なぜか、釘は長いのがいいよ、と言うやり方)、菊之丞「幇間腹」等。
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三月上席/花形演芸会

2019/03/03 00:01
国立演芸場で2公演続けて。間に、いずれも入場無料の「演芸資料展 百の顔を持つ男、波多野栄一」(24日まで、演芸資料展示室)、「役者絵の世界U―幕末の名優たち―」(5月27日まで、伝統芸能情報館)をながめて回り、飽きることなし。
”三月上席”は、仲入り・小里ん「不動坊」、トリ・小満ん「按摩の炬燵」が、いずれも年の功。小八「金明竹」の上方弁の部分は、上方人にはわかるようにしゃべるべきなのに、ただただ速さを追う愚。他に、百栄「コンビニ強盗」、文蔵「道灌」等。
”第478回 花形演芸会”。満員。それだけのことはある内容の充実であった。
一左「普段の袴」:武士が町人のような煙管の持ち方をしていた。
松之丞「吉岡治太夫」:客を捕らえきれている。京都弁はもう一息。
北海翼の奇術:なかなかの技術水準。
文菊「転宅」:ていねいにいこうとしたのか、ややゆっくり目。
(仲入り)
ゲスト・一朝「短命」:伊勢屋の婿が次々に亡くなったのを隠居が知らぬのは、実は不自然なのでは。
宮田陽・昇の漫才:落語”芝浜”をうまく漫才に仕立て上げた。
吉坊「胴乱の幸助」:大阪弁で聴けて、良かった。浄瑠璃もそつなくこなす。
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バラバラの世界(TIME3月4日号より)/オマケ

2019/03/02 00:01
数十年の間、アメリカの外交政策は、世界での米国の役割についての合意された見方に支えられてきている。唯一の無敵超大国が存在する世界秩序の中で、米兵と納税者のドルとが世界の安定を保つために不可欠だ、と外交政策専門家たちは広く同意している。しかしこの前提がアメリカ大衆によって必ずしも共有されているわけではないことを、筆者(イアン・ブレマー)が社長を務めるユーラシアグループによってなされた新しい調査・研究「バラバラの世界:アメリカの外交政策と米世論」が見出した。それによると、党派に関わらず、アメリカ人は、外国でのもめ事に侵されぬ外交政策を求める。右の保守的自由放任主義者(リバタリアン)も左の社会自由主義(リベラル)非戦論者もだ。どの年代の回答者も、帝国主義的統治の義務や負担を望まなくなってきている。
このような結果が得られるのは初めてではない。アメリカ人は、何十年も、外国への干渉に疑念をもってきた。だが、米大統領ドナルド・トランプが外交政策に前例の無いような取り組みを始め、アメリカ政治の争点に変化が生じている現時点での国民の考えは、この調査結果が最もはっきり示す。
彼の混沌とした不愉快な政策決定へは’全くもって公正な’批判が加えられているが、トランプは、国民の上記用心深さを理解している。彼は、既存の同盟や他国介入の構えについての人々の疑いを表出することによってアメリカ外交政策を乗っ取った、と主張する者もいる。実際、多くの点において、トランプの見解は、世界におけるアメリカの将来的役割について米国納税者の多数がもつであろう見解と、同じ向きを指している。「アメリカファースト」は単にトランプのうたい文句にとどまらない。外交政策に関して、国全体の世界観となりつつある。
冷戦以来この方、アメリカのリーダーシップが世界にとっても米国の安全保障にとっても好ましいことは、二度の世界大戦と拡張論者ソヴィエト共産主義との闘いによって明々白々になった、とアメリカの政策立案者たちは概ね同意してきている。それにより、米国政府は、海外への力の行使を、外国の問題がアメリカ沿岸へ及ばぬようにするため、と正当化し得ている。
しかしながら、政府は、リーダーシップについては語っても、それを海外で発揮するためのコストに耐えるべきであることを、アメリカ国民に納得させぬままでいてしまった。2001年9月11日の攻撃やそれに続くアフガニスタン、イラク、他の地域での勝ったとまでは言えぬ軍事介入の後、アメリカ社会は、21世紀に地球上の安全や財産を保障するのがアメリカの責任だとはかつてほど考えなくなっている。平和を実現するために最も良いのは、との問いに、調査の回答者の3分の1以上が、アメリカは国内のニーズと「米国民主主義の健全性」に集中するべき、と答えた。世界各地の民主主義を促進し守ることによって、と答えたのは18%だけであった。
アメリカ人たちは、自国が特別だと信じるのをやめたわけではない。むしろ、アメリカの思い描くように世界を作り変える計画によってでなく、国内で成し遂げる事の力によってその特別さは表わされると彼らは信じているのだ。回答者のほぼ半数が「アメリカはその表象するもの故に特別」と考え、「アメリカは世界のためになしたこと故に特別」と答えたのはたった18%であった。
この理由の一つは、民主主義が世界的に見て支持を得ておらぬのを、アメリカ人が受け入れるようになってきたことだろう。中国やサウディアラビアのような国々がアメリカ型自由市場モデルに従わずとも経済的に大成功している姿を彼らは見る。個人の自由や法の支配が全世界的価値にはなっていないことをそれらの国から彼らは知る。そこで彼らは、それらの価値を外国へ輸出し押し付けるよりも国内でこれらを高度に実現する方が、アメリカはより効率的にそれらを促進し得ると考えるわけだ。
武力行使に関しては、回答者たちはきわめて「慎重」「リスク回避」だと言える。「イランが核兵器開発の道に戻ったらアメリカはどう対処するべきか」との問いに対しては、軍事行動政策についての党派間の違いが見られた【←どの党支持者がどうなのか、との具体的言及はなし】。そして、回答者の45%が現在の軍事支出水準を維持すべきと答えたが、残りの中では、’減らすべき’が’増やすべき’の2倍以上を占めた。
はっきりさせておくが、アメリカ人たちが世界からの撤退を望んでいるとの調査結果は出なかった。30%もの人が「世界経済の統合と自由貿易の伸長を確立・促進・補強すること」が持続する平和を実現する最善の方法と答えた。複数に分かれた回答【←文の流れが不明瞭ですが、「平和実現には?」との問いに対し(3分の1以上の)34%が「国内ニーズと米国民主主義の健全性に集中」、30%が「世界経済統合と自由貿易」、18%が「世界の民主主義促進・擁護」、(上で述べられていないが残りの)18%が「圧倒的武力を維持し、攻められた時のみそれを展開する」、と答えの分かれたことを指します】だが、それらの答えは、調査の報告が「独立したアメリカ」と呼ぶ世界観、すなわち、他国の人の問題を解決する責任には関わりをもたぬと宣言するアメリカに結び付けられる。
一般大衆と専門家との間で、意見はくっきりと対照をなす。報告書は過去3年フォーリン・アフェアーズ誌に掲載された中から無作為に選ばれた45本の外交政策に関する論文を分析した。これらの専門家たちによって表明された見解は、米国大衆世論について見出された結果と正反対である。ほぼ半数(47%)がアメリカを”不可欠”、すなわちアメリカのリーダーシップの働きなしに世界の平和と繁栄はあり得ないと見なしていた。一般大衆でこの考えを支持するのは9.5%のみ。
アメリカは、’直接’でなく’代表’民主制の国である。国民は、指導者たちがすべての決定を有権者の意見そのままに基づいて下すことを望んでいるわけではない。指導者たちは、有権者にとって、そして国家にとって良い事を考えてくれるようにと選ばれた。彼らには、世論形成を助ける可能性、さらには責任すらある。これはことに外交政策上の問題においてあてはまる。そこでは、賢明な選択が、高度に専門的な知識に依っているのだから。
ところが、民主政の中では、政治家の側もまた、有権者が彼らの選択形成を助けることを許さなければならない。この事の最も鋭く感じられるのが、世界秩序大変動のさ中でも外交当局者たちが彼らの抱くアメリカ特別観に執着し続ける時だ。パックス・アメリカーナ時代は終わり現実が変化する今、影響力をもち決定を下す人たちの観点も変化しなければならない。
今日の緊張する地政学的現実には一般米国民の見方の方がうまく適応しているように思える折り、政治家は有権者とつながり直す良い機会なのではと、筆者は考える。
これをし損なうと重大な危険が待ち受ける。外交政策が一般からの大きな支持無しに遂行されると、外国政府は米国を信頼・予測できぬ相手だと認識するし、敵国であれば、これを、付け入ることのできるかも知れない分断と見る。そして、世論を考慮せぬまま進められた外交政策は硬直した思考に頼ってしまうものだ。報告書の著者マーク・ハナが指摘するように、防衛費制限やテロ対策の壁見直しといった意味ある提言は「従来思考の境界外として却下される」。
海外政策の可能性をかように狭めた結果は、流血面、財産面、国際政治の善意面で高くついてしまい得る。しかし、一般大衆の持続的な裏打ちを欠く一部中枢による合意が世論を蔑ろにしてもっと高くついてしまうのは、アメリカ民主政治面においてであろう。

【もちろん、異論もあって然るべきです。たとえば、ろくに物を考えぬ感情的な世論に引っ張られてしまう危険性、とか。】
気分を変えて→ https://youtu.be/ksuEFpIhKVQ
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ヴァージニア・ウルフなんかこわくない

2019/03/01 22:09
ナショナル・シアター・ライヴの一。ちゃんとサマになっていた。真の喜びは全く無く、上っ面を糊塗しながら日々を送らざるを得ぬアメリカ人の姿を描いた芝居、と見た。出演俳優は、喉の状態維持が大変そう。
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