YouTube生配信

三三が、先の「月例三三独演」の時と同様に、福岡での落語会「毎年三月三十日は三三の日」が中止となってしまったので、公演時刻に合わせてのYouTube生配信。「釜どろ」と「妾馬(前半)」(ふだん省略されることの多い冒頭部も詳しく)。間に挟まれた、扇子と手ぬぐいについての説明も楽しめた。31日19時からも異なる演目で1時間ほど配信、とのこと→ https://www.youtube.com/watch?v=z0-VKgV3VaI&feature=youtu.be
わさびも、らくごカフェでの「月刊少年ワサビ 第132号」が中止となったので、客から出されていたお題、凱旋・二重人格・思い込みを織り込んで作った三題噺「四畳半王者」をYouTube生配信。次回の題もその中のチャットで募集、決定した。そう言えば”東京かわら版4月号"内で昇太が「うちの弟子には古典やりたかろうが新作やりたかろうが、どっちでも良いから『新作は書け』って言ってるんですよ。新作を書けば古典がいかに上手く出来ているのか分かる。全体のことや構成を考えられるので、古典落語をやる時にすごく楽なんですよ」と。

桐壺/帚木/空蝉/夕顔/若紫

祥伝社文庫、林望による「謹訳 源氏物語 一」。約400頁。たいへん読みやすい文にしてもらえてるけど、全十巻の一冊目を読むだけでヘトヘトになってしまっているありさまで情け無い。巻末の図のおかげで、何とか人物関係をつかめる。今日とは異なり、男がさまざまな女性のところへ通うのが普通であった世の物語。歌を作る能力も、今の目から見ると驚き。ずっと前のことになるが、夏期講習で京都校に教えに来て下さった駿台・桑原岩雄師は、紫式部一人で全部を書いたわけではない、とおっしゃってた。

石油価格をめぐるロシアとサウディアラビアのせめぎ合い(TIME3月30日号より)/オマケ

3年間、ロシアとサウディアラビアは交渉した。両国は、生産制限によって石油最低価格を保つため、協調して市場全体の力を利用した。そして約2週間前、すべては御破算になった。サウディは、需要量低下に対応して、価格を安定させるため、より一層の生産削減を望んだ。ロシアは断固反対し、生産増加を望んだ。
そこで、サウディはロシアに教訓を与えようと動いた。1日当たり260万バレルの原油増産で市場をズブズブにし、ロシア石油産業にとって極めて重要なヨーロッパ市場での価格を下げると宣言したのだ。その後数日にわたり、原油価格は30%下落した。サウディはロシアにこう言いたいのだろう。「価格が下がったのはお互い様だけど、市場シェアはこっちの方が上だ。話し合うかい?」
モスクワからは”ニエット”が返された。「話し合う必要なんか無い。我々の経済は、おたくほどには石油輸出に寄りかかってないし、困難時に備えての蓄えもこっちの方がしっかりしてる。これしきの苦労なら長期間耐えられる。そっちはどうだい? 気が変わったら知らせてくれ。」石油戦争が始まった。
サウディを一蹴してから、ロシアはワシントンへこんな風に伝えた。「腹を割ろうや。アメリカさんが我々に経済制裁を科するのは、自分らの石油産業保護のためにこっちのそれを痛めつけたいってのが一番の理由なんだろ。そうやってこっちの石油会社をたたいたから、近年ではそっちが世界一の石油生産国になったんだ。石油価格が下がるのは、ロシアにはありがたいんだよ。」
ロシアの望む低価格は、トランプ大統領の立場を苦しくする。シェイル石油は従来掘削法の石油に比べて高くつくので、価格を引き下げられると、アメリカの小さなシェイル企業のいくつかは倒産してしまう。米国株価の下落や、代替炭化水素エネルギーへの投資額減少は、ウラディーミル・プーティンのほくそ笑むところだ。
この争いはどれ位続くのか? 数ヶ月間に及ぶかも。この戦争での二人の司令官、プーティンとサウディ皇太子ムハンマド・ビン・サルマーンは共に誇り高く精力的で不屈の人物だ。それぞれが、少なくとも現時点では、自分の持つ手札が最高だと信じている。1980年代、サウディによる石油生産量増強の波がソ連を溺れさせるのに一役買ったことをプーティンは憶えている。上の空のトランプから実質的な介入を受けることも無さそうだ。
そうではあるが、プーティンは、これが危ないゲイムであることを分かっている。昨年、ロシア中央銀行は、石油価格が1バレル当たり25ドルに下がってしまうと(予測当時より、今日ではずっと可能性の高い価格である[実際、22ドルを割っている])、ロシアの景気は後退すると報告した。プーティンにとって現下の最重要事は、将来無期限にロシア指導者でいられるための基盤固めである。ロシア経済と共に自身の人気が落ちてしまうことを防ぐため、彼は生活水準向上に全力を挙げねばならない。
もし彼が、石油価格低下を乗り切るために資金を使い過ぎれば、ロシア国民には税負担としてのしかかるかも知れない。困難時に備えての蓄えをこれまでのところは注意深く扱ってきているが、今、世界には(コロナの)嵐が吹き荒れていることを彼は分かっている。
結局、プーティンは、米国シェイル業が、さほどたやすくは倒せぬものであることも分かっている、あるいは分かるべきだ。価格に応じて業界に参入したりそこから退出したりする中小企業群なのだ。疫病流行のため世界の石油需要は劇的に落ち、石油価格は当面低いままだろう。だが、最終的には、経済は回復する。ロシアとサウディは、石油価格上昇へ向け、交渉することになるだろう。アメリカのシェイル石油生産は戻って来るだろう。プーティンとMBS(ムハンマド・ビン・サルマーン)がどの程度までの低下を望むかを我々は見守るばかりである。

無関係動画→ https://youtu.be/gMVNAqN5f0Q

新作台本まつり/冬の時代

池袋演芸場三月下席昼の部は”新作台本まつり”。馬るこ「糖質制限初天神」、小せん「コブシーランド」、喬太郎「ウルトラのつる」、粋歌「すぶや」、つくし「女子会こわい」、清麿「もてたい」等。総じて、噺家本人の作ったものの方が一般人のより面白い。28・29日休席。

東京芸術劇場シアターウエストでの「冬の時代」。木下順二、昭和37年の作で、堺利彦の売文社を舞台とする。人物の別や、1幕の議論を追うのが、私には難しかった。29日までの予定だったのだが、28・29日公演が中止となり、観たのが上演最終回となった。

はりまぜ落語会スペシャル/野崎歓

新宿文化センター大ホールにて、”桜満開!!春の一之輔ひとり寄席”ということで、開演前、舞台上で一之輔自身が一番太鼓、二番太鼓を打つ。前座として出て開口一番「初天神」。ロケット団の漫才があって、(似合わぬ)スーツ・ネクタイ姿の一之輔も加わってくる。「粗忽の釘」を語って仲入り。その後、太神楽曲芸の翁家和助と共に登場し、曲芸に挑戦したり、二人での茶番(コントみたいなもの)を見せたり。和助は、ふだんの寄席ではやらぬ曲芸も披露してくれた。締めくくりは「花見の仇討ち」。たいへん楽しませてもらいました。

ところで、”芸術新潮4月号”内の野崎歓氏による映画評中、「the+形容詞」が複数扱いになるとの基本的な事を氏(や関係者)は知らぬのか、と疑わせるようなところがあり(以前、誤訳騒ぎを起こしているけど、改めて)その翻訳物が心配になってしまう。

ピサロ/亭砥寄席

新装なって大きくなったPARCO劇場での「ピサロ」。空席がやや目立ってしまった。インカ帝国を滅ぼしたピサロを取り上げたピーター・シェーファー作品。目の付け所はすばらしい。宗論は真の議論たり得ぬだろうけど、話の進展に説得力をもっとすっきりもたせる上演としてほしかった。4月30日まで。

深川めしと深川丼(のセット、かなり大量であった。デザートにフルーツも)を食べてからDSCN3214.JPG深川江戸資料館小劇場での「第六十九回 亭砥寄席”菊之丞・白酒二人会”」へ。菊之丞が「河豚鍋」「愛宕山」、白酒が「笠碁」「花色木綿」をそれぞれきっちりと。前座のまめ菊は「狸の札」で、化ける時、向こうを向かせるのは、その瞬間を見てしまうと消されるから、との理由を付した。落語を聴きに行ったりするのはもちろん不要不急の行為だが、そんな事言い出すと、存在の営み自体、そもそも不要不急なのでは、などとのひねくれた考えが頭をもたげる。

等々力渓谷

等々力駅を出て、等々力渓谷を訪れた。ま、谷沢(ヤザワ)川の脇をちらっと歩くだけで、すごい所、というわけではありませんが。https://youtu.be/7eAYjqJfjLw
↓三号横穴の墓室DSCN3203.JPG↓シャガ?DSCN3206.JPG↓あんみつ、食べましたDSCN3208.JPG御岳山(ミタケサン)古墳(敷地へは入れず)、(帆立貝形の)野毛大塚(ノゲオオツカ)古墳DSCN3213.JPGを経て、多摩川沿いに歩き(←これが結構良かった)二子玉川駅へ。

扇辰・白酒二人会

日本橋劇場で”通ごのみ”と銘打って。
扇辰「三番蔵」:前々日に聴いたばかり、と思った客は相当な数いたはず。
白酒「百川」:古典を面白くする、とは、すなわち、絵空事でなくす、ということだと教えられた。
(仲入り)
白酒「時そば」:二軒目のそば屋を、極端に作った。
扇辰「火事息子」:子が家を出て行って(親の望まぬ)勝手な事をする、というのは、昔も今も、少なからぬ人にとって身につまされる話であるのだろう。

三島由紀夫vs東大全共闘

自決前年(安田講堂闘争4ヶ月後)の昭和44年5月13日、東大駒場900番教室で開かれた討論会の記録映画。東大全共闘側は、若さ故致し方無かろうけど、空理空論の誹りを免れぬ言葉の積み上げ(50年後も同様である人もいる)がほとんどで、三島の方が格段に頭が良く、にもかかわらず、きちんとした対応を示しているのが印象深く感じられ、尊敬した。問題の多くが、日本では、敗戦のせいで生じてしまったように見える。どちら側の目指した世も結局は実現しなかったが、もともと、大多数(=衣食住の足りることを最優先とする)を動かす方法は見出せていなかったのでは、と思った。
https://youtu.be/M0Q2nigaY_M

扇辰日和 vol.74

新作「三番蔵」を聴かせてもらえ、ありがたし。下げは、正直なところ、も一つ。「三井の大黒」では、甚五郎にも棟梁にもそれぞれの存在感をもたせ得ていた。練達の語り。間にロケット団の漫才(いつもよりやや雑ではあった)。於・なかの芸能小劇場。

マクベスの悲劇

劇団俳優座、5階稽古場での公演。入口でマスクを渡され、休憩時には飴ちゃんが配られた。話が分かるように上演しおおせたのは功績。傍白時、他を静止させるやり方を多用した。冒頭に結婚式の場面を付けたのは余計だし、本水の使用も独りよがりで無意味。王や魔女たちは、それらしくあった方が良い。4月3日まで。中身の無いPV→ https://youtu.be/U6Jm1RO5GKI

歳月 動員挿話

文学座3月アトリエの会が、岸田國士の2作品を上演。
「歳月」:ホンがそうなのだから仕方無いのかも知れぬが、結局は、男を見る目が無かったというだけの話を長々と引っ張ているに過ぎず。
「動員挿話」:ヘンな動きをすれば客の気持ちは離れていくことを恐れるべき。
29日まで。https://youtu.be/tq9mNJ2wMFA
帰途、ささっとひっかけて。舞台公演も料理屋も宣伝映像を作る御時世。
https://youtu.be/RFOJsSWg_Ro

再・末廣亭三月中席

映画館は開いてるものだと思い込んでしまっていて、確認せぬまま「江分利満氏の優雅な生活」(原作・山口瞳、監督・岡本喜八、主演・小林桂樹)を見に神保町シアターへ出向いたら休館中。映画の後夜の部へ行こう、と思っていた末廣亭八日目へ向かい、昼の部途中、さん喬「替わり目(前半)」から入場。ていねいに語られており、全然嫌味なんかで言うのでなく、ガラガラに空いているのが独特の風情を醸していた。歌る多「悋気の火の玉」等の後、トリ・歌奴が「子は鎹」。床柱の木口を見に行こう、というのはウソで番頭が再会させようと仕組んでいた、との作り。夜の部は盛況になり、小せん「弥次郎」、扇辰「三方一両損」(いずれも一部分)、仲入り・小満ん「浮世床(本・夢)」、百栄「手水廻し」、きく麿「おもち」(変に、魅力というか現実感がある)、一朝「湯屋番」等の後、トリ・文蔵が(私にとっては運悪く、初日に聴いたのと同じ)「転宅」。できれば、十日間、毎日異なる演目をかけてほしい。

彼らは生きていた

https://youtu.be/gelre9axeJ4
第一次世界大戦でのドイツ軍との死闘の映像や、それを辛くも生き延びたイギリス兵たちの(感傷的になったりせぬ)話から成る記録映画。とてつもない悲惨だが、これでも本当のところは何も理解できぬことは理解しておかねばならない。原題「彼らを古びさせまい」。
https://www.rottentomatoes.com/m/they_shall_not_grow_old
帰り、真っ昼間から大層な賑わいでどーしよーもない(?)いせや(本店定休日につき公園店)に立ち寄り、やきとり等で一杯。自分なりの安っぽさでもって平和をかみしめる。(マクロン仏大統領は、死の可能性の高さ低さを無視して”戦争”などという言葉を安易に用いるべきでない。)

ビッグ・リトル・ファーム/普通選挙

理想的な循環の実現を目指す農法が紹介される映画。生き物の姿をたくさん見られたのが嬉しかった。山火事、風向きが変わって、よかったね。
https://youtu.be/98dra7UH2O0
https://www.apricotlanefarms.com/about-us/our-farm/#

PCR検査受診に優先順位をつけることは、医療現場崩壊を防ぐために必要、と当初から言われていたのに、望む人皆が受けられぬのはけしからぬ、などとヒステリックに騒ぎ批判する人たちがいた。彼/彼女らの多くは、今、この件について、ケロッと黙っている。全く根拠の無いウイルス対処法を信じ、SNS上で説く人たちもいた。判断力・責任感に欠けるかような者共にも、選挙権は、等しく無条件に与えられる。

シェイクスピアの庭

その上演時にグロウブ座が火事になってしまい作家がロンドンを去ることとなる「ヘンリー八世」の元々の題名「すべてが真実だ」を原題とするケネス・ブラナー監督・主演映画で、シェイクスピアが晩年、息子の夭折による心の傷にとらわれていた、とのあくまで仮説に基づき(やや不自然に)組み上げられた物語。
https://youtu.be/BOKALgGsuvs

シラノ・ド・ベルジュラック

松竹ブロードウェイシネマの一。前半、’見た目’に対置するのが’中身・魂’というより’美辞麗句’に傾いてしまったきらいがあるように見えた。主演ケヴィン・クライン、演出デヴィッド・ルヴォー。
https://youtu.be/vTT8Oy5gIbM

山の焚火/月例三三独演

映画「山の焚火」は、人間における本能の力を描いたといった類の見方も可能であろうが、私には、伝説の始原となる現実例を表わしているかのように見えた。
https://youtu.be/iPZbWnwa7sU

中止になった”第156回 月例三三独演”がイイノホールで開催されていたはずの時間にのみ、YouTubeで配信特別版が見られた。「加賀の千代」と「花見の仇討」。微妙な間の取りにくさが伝わってきた。お囃子が紹介され、三味線の長澤あや師が登場。全体に、三三師の、転んでもただは起きぬぞ、との意気が感じられ、嬉しい気分。

古代中国・オリエントの美術

永青文庫、早春展。4月15日までですが、国宝「金銀錯狩猟文鏡」(細川ミラー)は3月15日までの公開。チーターを飼いならして狩猟に同行させることは、イスラーム諸国の王侯貴族にとって高級な趣味だった、とのこと。高麗茶碗も展示されています。http://www.eiseibunko.com/exhibition.html#soushun
肥後細川庭園と松聲閣もさらっと見学(無料)しました。DSCN3200.JPG

末廣亭三月中席初日

昼の部トリ歌奴「ねずみ」は、口跡の良いところが強み。他に新二ツ目朝枝「金明竹」(声量をやや抑え気味にした)、菊之丞「気の長短」、さん喬「時そば」等。二楽が立体紙切りでネズミを作る。円歌「やかん」はしょーもな過ぎてどーにかしてほしい。夜の部は演者を揃えた。ストレート松浦の8の字状の板を回す曲芸は初めて見た。新二ツ目文太は「金明竹」の九州版「陳宝軒」、小せん「一目上がり」、扇辰「悋気の独楽」、仲入り・小満ん「宮戸川(前半)」、こみち「長屋の花見 おかみさん編」、きく麿「暴そば族」等の後、トリ文蔵が「転宅」。

モーリス・ユトリロ/ロミオとジュリエット

父が誰なのかもわからぬ生まれで(ルノワール、との説もあり)、若くしてアルコール中毒になって精神病院に入れられ、医師の勧めで絵葉書を見ながら絵を描くようになり、自分より年少の友人と母が結婚し、彼らの金蔓として制作し続けた、といったユトリロ(1883-1955)の生涯を改めて見渡す小振りの展覧会「パリが生んだ苦悩の画家 モーリス・ユトリロ展」。15日まで、日本橋髙島屋。
https://youtu.be/Xm89N9CmOGk
https://www.takashimaya.co.jp/store/special/event/utrillo.html

英国ロイヤル・バレエ団のダンサーたちが、舞台上でなく、屋外セットで踊る映画に仕立て上げた「ロミオとジュリエット」。バレエ用のシューズやタイツに加え、台詞無し、というのは相当な無理で、粗筋を辿るだけに終わらざるを得ず、踊りを見るのが好きな人々向けの作品となってしまった。
https://youtu.be/FdPJqNfk6zI
https://youtu.be/BXPb2CPG7ss

ルスィール・ボール(TIME3月16・23日号より)/オマケ

<過去100年に亘り各年の女性を選んだ特集、1951年の部>
ルスィール・ボール(1911-89)は、自分に最適な場所を見つける前、長く舞台・映画・ラジオをさまよった。だが、テレビが彼女をスターにした。それはおそらく、最初期の偉大なる連続放映喜劇「アイ・ラブ・ルーシー」(1951年開始)において、彼女が己の信条を情熱的に守ったからであろう。 CBSは初め、頓馬な主婦を引き立てる夫役としてボールの夫デズィ・アーナズを配することに難色を示した。白人女性とキューバ生まれ男性との結婚が視聴者にそっぽを向かれるのではと恐れたためだ。そこで夫妻は自腹を切ってパイロット版を作り、これが面白くて皆を納得させた。第2期、ボールは妊娠し、それは当時白眼視されるタブーだったのだが、リトル・リッキー誕生という話にもっていって、彼女はそれを打ち破った。
戦後アメリカの家族を反映し、また、それを形成するのに与ったメディアの中で、番組は、従来の無菌化されたオズィーとハリエット(「陽気なネルソン」)的世界より進んだ、そしてもっと滑稽な家庭生活像を見せてくれた。ボールは、カメラの後ろでさらに強い力を発揮した。アーナズと別れた後、デスィル[=デズィ+ルスィール]プロダクションを引き継ぎ、「宇宙大作戦」や「スパイ大作戦」を製作した。彼女の死後30年を経て、ハリウッドの最強女性たち(ジュリア・ルイドレフュスからリース・ウィザースプーンに至るまで)が彼女の切り拓いた道を歩いているのだ。
https://youtu.be/fUxjOS3g6Uc

無関係動画→ https://youtu.be/jwh27cRMO3A

ジュディ 虹の彼方に

女優・歌手のジュディ・ガーランド(1922-69)の、亡くなる半年前、すでに薬物とアルコールでボロボロの状態であったロンドン公演を中心に描く。いくつかの歌を聴けたのが良かった映画で、ジュディ役を演じているのがあのブリジット・ジョーンズのレネー・ゼルウィガーであることに私は感動をおぼえました。
https://youtu.be/ke638dlaVPc
https://youtu.be/oW2QZ7KuaxA
https://youtu.be/Ait8kErN7MA
https://youtu.be/EH9CWWqb-6E

ザ・プレミアム文蔵

於・らくごカフェ。入口でマスク、もろた。慣れてないので息苦しく感じた。
「化物使い」:化物の出て来るより前を過半とする作り。
「鼠穴」:兄へのわだかまりが弟の夢に出ているのであろう。
他に文吾の「干物箱」(俳句の会の件は入れず)と「岸柳島」。

カメが写ってた!/一花・扇辰

3月2日午前のスノーケリングでウミガメを見つけたのだがカメラにはうまく収められなかった、と残念に思ってたのだけど、悔しくて執念深さを発揮して写真群を精査し直してたら、ぼんやりとながら、二度見かけた内の一回分について、その姿の捉えられていることが判明しました。DSCN3102.JPGDSCN3103.JPGこのままじゃわかりませんよね。画面を左右・上下それぞれに3分割して、1枚目の方では左中、2枚目の方では左上区画の共に右寄りにあって黒っぽく見える四角い岩の右上を、向こうの方に泳いで行ってます。
↓1枚目の方を拡大していくとウミガメ1 (3).JPGウミガメ1 (2).JPG↓2枚目の方はウミガメ2 (3).JPGウミガメ2 (2).JPG水中では、地上でのようにカメラ画面で確認して狙うことが私にはできず、いわば闇雲にカメラを向けて撮っています。潜水艦からの写真は、ヴィデオを回しっぱなしにして、後で動画から静止画を作成しました。

「春風亭一花、入船亭扇辰師の胸を借りる」と題した”道楽亭出張寄席”。基本的に、一花の会へゲストとして扇辰が招かれた形(於・新宿文化センター小ホール、2500円)。扇辰はしょっちゅう演ってる「一眼国」。八間を二十四、五メートルと言ってたが、十四、五の誤りだし、いつものように、十字を横方向から切ってしまっていた。二人のトークで、せっかく覚えたものの面白く感じられなくて演らなくなった噺がたくさんある、と喋っていたけど、だんだん面白く感じられるようになる可能性もあろうからネタ数を増やしてほしい、というのが客側の身勝手な望み。一花は(三三に習った)「やかん」と「子別れ」(細かい事を言えば、毛糸巻きの仕草が雑)で、意気込みの大なるところを見せてもらった。

百舌鳥・古市古墳群の語るもの

と題しての白石太一郎・国立歴史民俗博物館名誉教授による講演の要旨(”學士會会報No.941”所収)によると:
三世紀中頃から四世紀中頃までは奈良盆地東南部だった王墓の造営地は、四世紀末から五世紀には大阪平野南部に移った。
なぜか。
四世紀中頃、鮮卑に攻撃された高句麗が南下策を取り、これに対抗するべく、百済は倭国と同盟しようとする。それまでの奈良盆地東南部(本来の大和の地)の宗教的・呪術的な性格が強い王権では国際情勢に対応できず、以前から朝鮮半島との外交・交易を担当していた大阪湾岸の和泉・河内の勢力が政治を主導するようになり、やがて王権を掌握していったから、というのが理由。
ただし、研究者の間でも意見は分かれており、奈良盆地東南部がヤマト王権の本拠地であり続け、王墓だけを大阪平野に移したに過ぎないと考える人もいる、とのこと。

モルディヴ(下)

[3月2日㈪]DSCN3078.JPG日の出は、雲のせいで、水平線からとはいかなかった。DSCN3086.JPG”午前のスノーケリング遠足”でタートル・ベイという、ウミガメのいるポイントへ向かう。乗り合わせたのは、フランス人夫婦。前日も、フランス人の母娘であった。息継ぎに上がってくるところを見つけるのか、ガイドさんは、よくも舟からウミガメのいる場所がわかるものだ。海中で二度、前方下を泳いで行くカメを見かけたのだが、当然の事ながらじっとしておらず、残念、写真には収められなかった。[追記:ぼんやりと写っていたのを、後日、見つけました。3月7日のブログ記事に載せました。] 魚がいっぱい!DSCN3151.JPGDSCN3171.JPGDSCN3183.JPG昼過ぎ、島を発つ。短い滞在だったが、大いに満足できる嬉しい旅となった。マレからコロンボへ飛んで、夜、帰国便出発。翌3日朝、定刻より15分ほど早く成田着。空港や機内での時間を使い、三島由紀夫「純白の夜」(角川文庫)読了。これを基にした音楽劇を15日にヴァイオリニスト川井郁子が上演する(於・品川プリンスホテル クラブeX)のに備えてだったが、案の定、新型コロナウイルスのせいで公演中止となった。(他にも、申し込んでいた「ぺてん師タルチュフ」、「コジ・ファン・トゥッテ」、兼好や白酒・三三・一之輔の落語会等が中止になった。)入国規制されず旅行できて、良かった。スリランカでもモルディヴでも到着客の体温を監視しており、健康状態を問う紙への記入が全員に課されたが、乗り継ぐだけのコロンボでは、行きも帰りも回収されなかった。小説(主人公が’郁子’)は、心理を精緻に描くが、あまりに人工的に構成しているのではなかろうか、と私には感じられた。ま、それだけに、これをどうさばいて舞台化するのかを見たくはあった。

モルディヴ(中)

[3月1日㈰つづき]
”午後のスノーケリング遠足”に参加。モーターボウトで沖のポイントへ連れて行ってもらい、海へザブンと入る。何がいるとか知らされてなかったのでDSCN2863.JPGエイが泳いでいるのを突然目にしてびっくりした。DSCN2950.JPGしかもしかも、ボウトからエサが吊るされDSCN2895.JPGサメまでがやって来た! 自分がサメ近くを泳ぐことになるとは考えもしなかった。DSCN2896.JPG戻ってから浜辺へ。すぐ近くに小魚の大群。DSCN3038.JPGDSCN3058.JPG海面が黒っぽくなっているように見え、時折、一斉に空中へ跳ね上がる。朝に見た水鳥が、また、いた。島のヌシの如く人間を恐れずに立っている。(海中の魚を獲るのでなく)波で打ち上げられてしまった小魚をついばんでいるみたい。DSCN3071.JPGモルディヴはイスラムの国で、飲酒の習慣は無いのだが、外国観光客が飲む分には寛容。夕食後、宿のバーで、翌朝にもスノーケリングの予定なので、ほどほどにひっかけた。

モルディヴ(上)

モルディヴを訪れ、2泊してきた。
[2月29日㈯]
昼前、成田発。飛行機は全てスリランカ航空便を利用。いずれも(私の予想外に)混んでいた。機内で映画「ジャージー・ボーイズ」を愉しむ(https://youtu.be/uOD2VDVENEk https://youtu.be/oD-CPZ7kZgE )。顔の区別が私にはちょっと難しいところもありましたがね。コロンボでの乗り継ぎは、元々1時間しか無かった上に到着が20分ほど遅れたため、ヒヤッとしたが、空港・航空会社側が良くわきまえてくれていて、問題を生じぬよう配慮してもらえた。モルディヴのマレ到着後、暗い中、泊まる島へ高速艇で。
[3月1日㈰]
朝食後、島を一周した。たびたび立ち止まりつつだったが、それが無ければ、20分ほどか。砂や岩と同じ色をしたカニDSCN2833.JPGDSCN2836.JPGや、水鳥(アオサギ?)DSCN2853.JPGを見た。その後、いきなりですが、潜水艦に乗ったどー。DSCN2859.JPG
https://youtu.be/8REXyRoSpOs(私の時は、窓外のダイヴァーはおらず。出発前に、魚たちをおびき寄せるエサが艦側に吊るされた。)
45mの深さまで潜る。恐怖感は無かった。いろんな魚たち!DSC07742.JPGDSC07698.JPGDSC07701.JPGDSC07703.JPGDSC07702.JPGDSC07712.JPGDSC07741.JPGDSC07716.JPGDSC07720.JPGDSC07726.JPGDSC07713.JPGDSC07730.JPGDSC07737.JPGDSC07738.JPG

「いき」の構造

九鬼周造・著、岩波文庫の一。運命によって「諦め」を得た「媚態」が「意気地」の自由に生きるのが「いき」である、と書くが、少なくとも今日の用法では”媚態”は関与していないように思う(緊張を何ら感じぬ同性間でもイキかどうかの判断は存する)。理屈を弄して個人的好みを述べているところが多く(たとえば、平行線である縞、それも横より縦がイキ、などと)、四角柱の図示も、数学が大苦手だった向きにはうっとりさせるものなのかも知れぬが、大した内容をもっていない。他に「風流に関する一考察」(風流であるために必要な要素として離俗・耽美・自然を挙げる。こちらにも八面体の図式があって、こういうのが好きみたい)、「情緒の系図 ―歌を手引として―」(現代短歌をたくさん引いて、感情を表わす種々の言葉を解説)を収載。

トマス・ジェファ―ソンの革命的な言葉(TIME3月2・9日号より)/オマケ

<「モンティチェロのヘミングス家」でピューリツァー賞を得たハーヴァード大教授アネット・ゴードンリードの寄稿>
君主ジョージ2世統治の時代、英国の北米植民地の一つヴァージニアで、トマス・ジェファーソンは生を享けた。この君主制下、全ての人は自らの位置をわきまえており、そこから遠く離れ得るとの望みはほとんど無かった。アメリカ植民地の人たちは、本国イギリスの貴族たちと同等ではなかったが、独自の階層を発達させていた。家族のつながりのおかげで、ジェファーソンはその最上位に生まれ、平等の概念に関わるようになるだろうとの因子は微塵も見出せない。奴隷制社会の中に生まれ、家庭は完全にその制度内の参加者だったのだから。生涯にわたってコテコテの奴隷所有者であった彼は、小さい頃から、不平等な状況というものをよく理解していたのであろう。彼の世界では、人間の平等など、思いも寄らなかった。
ところが、彼を啓蒙運動へと導くことになる書物を読み、刺激され、若きジェファーソンは社会階層や身分に基づく権力に疑問をもち始めた。対英危機が高まる中、ジェファーソンは(科学や理性の優先を重んじて)教会の力を疑い、大家族の力を守る法律(継嗣限定や長子相続権)を疑い、奴隷制度の倫理性を疑った。彼は、社会秩序にはまた別のあり方が可能かも、と考え始めた。特定の人たちだけが、統治するために生まれてくる、との前提は成り立たぬであろう。貴族政があり得るとすれば、能力によるものであって、生まれによるものではなかろう。普通の人たちにも、自分たちの政府の成り立ちについて、発言権はあるだろう。
ジェファーソンの平等観念は、全ての人を含んではいなかった。奴隷も女性も対象でなかった。先住民は含まれ得たが、白人との同化に合意した場合のみ、であった。雄弁に奴隷制を非難し、その件に関しては進歩的だと自身では思っていたが、アフリカ系アメリカ人の自由のためには、白人入植者の自由ほどには、力を入れて働かなかったと批判されてきている。彼はまた、黒人の知的能力についても疑義を抱いており、女性の平等については、今日の我々を満足させるような考えを全くもっていなかった。それらすべてを勘案しても、独立宣言にジェファーソンが書いた、大胆で、物事を変える力を有する言葉を、私たちは無視できない。すなわち「すべての人間が平等に造られているのは自明だ」。多くの人々が、奴隷も自由人も、黒人も白人も、この言葉を信じた。これが、自分たちのずっと感じていた直観を表わし、自分たちを苦しめてきた抑圧の誤りをとがめていると信じたのだ。彼らは行動する気になった。
アメリカ独立革命において、アフリカ系アメリカ人奴隷(と自由黒人)は、両方の側にいて、人間平等を立証するべく戦った。機会があれば、人間の平等を謳う文言に照らして、自分たちの奴隷状態は不法・不当だとの訴えを起こした、多くのアフリカ系アメリカ人運動家―フレデリック・ダグラスからマーティン・ルーサー・キングJr.に至るまで― が、独立宣言は市民平等権を約束している、と指摘した。実に多くの集団 ―女性、移民、LGBTQ― が、アメリカ社会での平等な地位を得ようとする主張を正当化するため、独立宣言を頼りにしてきた。
フランス革命を強固に支持し、政教分離を求め、白人男性の総てへ選挙権を拡げようとしたため、ジェファーソンは、大衆に社会を売り渡そうとする危険な過激派と見なされた。彼の平等の主張は、アメリカの多くの人を恐れさせた。
1826年、亡くなる数ヶ月前、ジェファーソンは、元々の目的を大きく超える意味をもってしまっていた独立宣言に関し、そこに表わされている思想を、英国と決別し新しい国家を植民地が創る決意だ、と再確認した。病気だったので独立宣言50周年記念式典への招待を辞退してロジャー・ウェイトマンに出した手紙の中で、ジェファーソンは「人間の権利に向けて、全ての眼は開いている。あるいは開きつつある」と強調した。彼はまた、独立宣言の普遍的内容は「いつの日か」世界に受け入れられる、とも言った。
平等のうねりは、まだまだ先の時代のものであった。

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